神戸日華実業協会  
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100周年を取材して             神戸新聞社経済部記者 長尾 亮太
 
 

  5月の大倉山(神戸市中央区)には、柔らかい陽光が降り注ぎ、生命力あふれる新緑が風にそよいでいました。
   カメラのファインダー越しに、笑みをたたえた皆さんの顔を見て、つられて私も心の中でつぶやきました。おめでとう
 ございます

  神戸日華実業協会が創立100周年を迎えたことを取材し、記事にしました。メインイベントである大倉山公園での石碑
 建立と、神戸中華同文学校への鉄棒寄贈のセレモニーが、ともに5月17日に現地で執り行われました。石碑に刻んだ言葉
 は中国の革命家、孫文(1866〜1925年)が愛した「博愛」。孫文の胸像の隣という立地と相まって、彼と神戸との
 関わりをしっかりと次代に伝えてくれるだろうと感じました。鉄棒の贈呈式では、協会幹部らが子どもたちを前に「日中の
 懸け橋になってほしい」という主旨のあいさつをされ、立ち会った一人として同じ気持ちになりました。

  この100周年の取材を始めたのは、まだ肌寒かった春先にさかのぼります。南京町に代表されるように、華僑の方たち
 は神戸のまちの欠かせない一部ですが、わたしにはそれまで深く取材する機会がありませんでした。まだ見ぬ神戸の一面に
 迫りたい
との思いで取材を始めました。植村武雄会長はじめ林聖福副会長、林同福専務理事、台湾にルーツを持つ佐井裕
 正理事、そして今春まで8年間会長を務めた新尚一さんから、いろいろと面白い話をうかがいました。

  また、50年史や80年史も繰り返し開き、頼りにしました(なので今、自分が100年史に寄せるこの原稿を書いてい
 ることが、なんだか不思議な気分です)。

  わたし個人にとって取材を通して学んだことの一つは、開港後の神戸に移り住んだ中国人の多さです。兵庫県統計書によ
 ると、1881年時点で兵庫県内に住む外国人は947人で、その内訳は清国547人(シェア58%)、英国238人
 (25%)、米国56人(6%)、ドイツ53人(5%)、オランダ14人(1%)
と続きます。
  持ち込まれた文化のインパクトの大きさからか、開港後の神戸に移住した外国人といえば欧米人が思い起こされがちです
 が、当時の神戸や兵庫の実態を知るためには見逃せないデータだと思います。

  電話やインターネットなど通信手段が今ほど発達していない当時、神戸が貿易都市として発展する上で、アジアに張り巡
 らされた華僑ネットワークが果たした役割は大きかったに違いありません。

  もう一つ、取材で得たものが孫文との「出会い」です。有名な演説「大アジア主義」を初めて読みました。協会と神戸商
 業会議所が共催し、1924年に神戸高等女学校(今の兵庫県庁がある場所)で開かれたものです。

  そこで孫文は、武力で圧力をかけて相手を従わせる欧米のやり方「覇道」を否定し、アジアは仁義道徳の力で相手をとり
 こにして治める「王道」を追求するべきだと説きました。

  思い起こしたのが、米国の国際政治学者が提唱する「ソフトパワー」という概念です。軍事力や経済力といった「ハード
 パワー」で無理やり従わせるのではなく、価値観や文化によって魅了し、尊敬を勝ち取ろうとという主旨は、孫文の訴え
 そのものです。ソフトパワーの概念が2000年代初頭の日本で大きな注目を集めたことは、孫文の考えが時代を超えて多
 くの人の共感を呼ぶものだった証です。

  1世紀にわたって神戸のまちで活動した協会が、これからも世代を重ねながら、日本と中華圏の人たちとの交流を支える
 存在であり続けてほしいと、切に願っています。

 
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